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福岡地方裁判所 昭和41年(わ)745号 判決 1966年12月26日

被告人 今村政夫

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日中六〇日を右刑に算入する。

公訴事実中被告人が建造物以外の放火をしたという事実については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年九月一四日午後七時頃、福岡市須崎町九の六旅館新星閣前の博多川河畔において、豊崎高志所有にかかる堀立小屋(建坪約六、五平方メートル)の屋根に用いたトタン及びベニヤ板約六、五平方メートル分を剥ぎ取り窃取したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二三五条に該当するので所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件建造物等以外放火の公訴事実の要旨は、

被告人は、昭和四一年九月一四日前記窃盗行為を右小屋の管理人米村弘に発見され、叱責されたうえ投げ倒されたことに激昂し、前記小屋を焼燬して鬱憤を晴らそうと決意し、同日午後八時頃再び同所に赴き屋蓋のない前記小屋に、媒介物として用意してきた鉋屑等を詰めた炭俵を立て掛け所携のマッチで点火し右小屋(約六、五平方メートル)に燃え移らせてこれを全焼し、よつて公共の危険を生ぜしめたものである

というにある。

よつて審理判断するに被告人及び証人米村弘、森千代子、田代政子の当公判廷における各供述、当裁判所の検証調書、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書、押収にかかるマッチ一個(昭和四一年押一五八号)を総合すれば、被告人が公訴事実記載の日時場所において前記小屋を焼燬したことが認められる。

よつて、右行為により、公共の危険を生ぜしめたかどうかについて検討してみるに、前示各証拠を総合すると次の事実が認められる。

即ち、本件焼燬の目的物たる前記小屋は面積約六、五平方メートル(畳約四枚敷程度)高さ約一、八メートルで、周囲をベニヤ板等で囲つた所謂堀立小屋であり、内部には寝具一組、畳二枚、金魚箱等が置いてあるだけで小屋自体の燃焼による火力はそれ程強力ではなく、その燃焼継続時間は約二〇分、火焔の高さは約二メートル程度であつたこと、現場は幅約四〇メートルの博多川の川淵で、小屋は川の土手の斜面及び川床の一部を利用して建てられており、最も近い人家としては東方に歩道、街路樹、車道等を隔てて約二〇メートルの地点に旅館「新星閣」、及び同じ川の土手に沿つた南方約一九メートルの地点に米村弘所有の堀立小屋があるだけで、その間に延焼を招く可燃性の物件は存在しないこと、本件焼燬行為当時現場附近では殆んど風がなく、その風向きは寧ろ稍々川の方向であつて、風向きが変り易い川岸の特殊な事情を考慮しても、少くとも前記燃焼継続時間程度の間にすら風向きが変ることは考えられず、これら風力ならびに風向きの急激な変化による延焼の虞れはなかつたと考えられること、本件小屋が炎上した当時、前記新星閣従業員中にはこれを目撃した者がいたにも拘らず格別危険を感じて騒いだ様子は窺われず、殊に当時現場附近には数名の通行人等が右炎上の模様を眺めていたが自ら消火行為に出たり、或いは消防署に連絡する等の行動に出ることなくたゞ傍観していたに過ぎなかつたこと、これ等の事実を認めることができる。

以上の諸事情を総合すると、被告人の前記焼燬行為によつては、延焼の物理的可能性が存在しないのみならず、未だ延焼の可能性について、公衆一般に危惧の念を惹起させるに足るものとはいえず、刑法一一〇条一項にいわゆる公共の危険を生ぜしめたとは認められないので結局本件建造物等以外放火の罪は成立しないものと言うべきであるから刑事訴訟法三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をする。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 安仁屋賢精 大西浅雄 上田幹夫)

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